わすれんぼ姫
昔々あるところに、とても忘れっぽいお姫様がいました。
王様に朝摘んだお花を持って行こうとして忘れてテープルに飾ってしまったり、王妃様の髪をとかそうとして、忘れてそのブラシを服にかけてしまったり、何かしようとする度に、三歩あるくともう何をするのか、すっかり忘れてしまうのです。
お姫様の婚約者の王子様は、お姫様が自分のことを忘れるんじゃないかと心配で、毎日お城にやってきます。
「こんにちは、お姫様」
「こんにちは、王子様」
そして、自分が忘れられていないことを確かめて、やっとほっとするのです。
王様や王妃様は、そんな王子様が気の毒で
「なんとか姫の忘れっぽさを直す方法はないものでしょうか?」
「ないものかのう」
と、毎日ため息をつくのでした。
ところで、忘れんぼで誰よりも困っていたのは、当のお姫様でした。
「このままだと、私、息のしかたも忘れて、死んじゃうかもしれないわ」
目の覚め方も忘れて眠りっぱなしになるんじゃないかと思うと、夜もろくに眠れません。
ごはんの食べ方も忘れておなかがすいたらどうしようと思うと、ますます元気がなくなります。
ある日、王子様がいつものようにお城にやってくると、お姫様が小鳥を追いかけて飛び出すところにぶつかりました。
「待ってちょうだい!」
小鳥は森の中へ飛んでゆき、お姫様も森の中へ走っていきました。
王子様は、お姫様が帰り道を忘れて迷い子になったら大変と、あわてて後を追いました。
王子様の後を、王様と王妃様が追いました。
小鳥はお姫様のリボンを卵のお布団にしたくて、一つ失敬してしまったのでした。
小鳥が巣にいるのをお姫様が見つけた時、
「あら、私、何しに来たんだっけ?」
お姫様は自分が小鳥を追いかけていたこと忘れてしまいました。
ちょうどその時、リボンのお布団に乗った卵が割れて、小さなひながかえりました。
「まあ、かわいい」
お姫様は、小さな小さなひなを見て、にっこり笑いました。
ちょうどその時、王子様と王様と王妃様がお姫様に追いつきました。
お姫様が微笑んでいるのを見て、王子様は「そうだ、僕は笑っているお姫様のことを好きになったんだ」
王様と王妃様は
「そうだ、姫はこんなふうにいつもニコニコしている娘だったんだ」
なのに三人とも、お姫様が笑わなくなっていたのに今までとんと気づきませんでした。
「どうして忘れていたんだろう?」
それを聞いて、お姫様はびっくりしました。
「まあ、王子様やお父様やお母様でも、忘れることなんてあるの?」
そしてほっとして嬉しくなって、ますますにっこり笑いました。
それから、お姫様は相変わらず忘れっぽいままでしたが、あまり気にしないようになりました。
王子様も王様も王妃様も、あまり心配しないようになりました。
なぜって、どんなにお姫様が忘れっぽくったって、笑うことだけは、二度と忘れることがなかったからです。
おしまい